前作『二次創作』の、約20年後のお話です。


続・二次創作

「書斎を整理していたら、懐かしいものを見つけたぞ」
「え?…ああ、これ、『ロミオとジュリエット』の二次創作をしたノートじゃないか。まだ残っていたのか」
「読んでみろ、荒削りだが、それなりに面白いぞ」


「お前の書いた、『陰謀と幸福のあいだ』なんて、今読んでも面白いな。モンタギュー家とキャピュレット家の婚姻に到るための陰謀策略が、なかなかリアルじゃないか」
「ははは、まだ宮廷に上がる前だったが、子供なりに権謀術数渦巻く貴族の館を想像してみたのだ」
「それに比べて俺の書いた小説は恥ずかしいな。…『恋敵の品格』、これはジュリエットの従兄ティボルトと許婚のパリスの恋の鞘当てを描いたんだ。…なんだってこんなタイトルつけたんだろう?」
「…(意味不明のタイトルだぞ。今頃気付いたのか)…」
「『マキューシオと賢者の石』、『マキューシオと秘密の部屋』、そうだ、マキューシオ物はシリーズにしようと思っていたんだ。この続きは確か『マキューシオと炎のゴブレット』、タイトルは決めてたんだけど、モノにならなかったな…、こんなこと考えてたのか、14歳の俺」
「…(そういえば、妄想を延々と聞かされて、うんざりした記憶があるな)…」
「文章は稚拙だし、筋立ては矛盾だらけだし…」
「…(突っ込み所だらけだったが、気の毒だから黙っていてやったのだ)…」
「それにナンだな、色気がないな」
「色気?14歳かそこらだぞ。そんなものあるわけがなかろう」
「…でも俺、この頃既にお前のことが好きだと自覚していたし…(頭の中ではエロいことも考え始めてたし…)…」
「…(十代の頃のわたしは色恋のことなど考えもしなかったぞ)…」
「それでも当時はまだ可愛いものだった…」
「一応、恋愛エピソードもあったではないか」
「一応、な。『ヴェローナの中心で愛を叫ぶ』、ロレンス神父とジュリエットの乳母の淡い初恋、…清らかなもんだ」
「14歳の色気としては、妥当な線だと思うが」
「もうちょっと色気が出てきた頃には、お前と宮廷に上がって忙しくなって、二次創作なんてやってる暇がなくなった」
「物語を空想することなどにも、興味を失ってしまったし…」
「情事ってものがわかるようになった頃には、妄想するより実践……、あわわ」
「…ほ〜〜〜〜う、…妄想より実践?それはそれは…」
「あっ、あの、いやそんなことは…(実践だけでなく、妄想もしてました!しかも妄想対象はお前でしたっ、ごめんなさいっ)……」
「わかるようになった頃、というのはいつ頃、一体どこで…?」
「え?あの、ほら、つまり、そ、その…(実践してても、お前のことしか考えてなかったからっ、て言っても許してくれない?ごめんなさいっ)…えっっっ、と……」
「(まあ、勘弁してやるか)……それにしても、原作を読み返してみると、ロミオという少年、たかだか15歳かそこらで、よくこれだけ歯の浮くような口説き文句を吐けたものだ」
「……『嫉妬深い月を殺してくれ、月に仕える処女(おとめ)のお前が、主人よりはるかに美しいそのために、あの月はもう悲しみに病み、色蒼ざめているのだ』……」
「…よく覚えているな」
「子供の頃覚えたことは、忘れないものさ」
「…(まさか、夜な夜な暗記に励んでいたのか?)…」
「…『お前の頬の美しさは星どもをさえ恥じ入らせるに相違ない』…(思い出すなぁ、14歳の、あの夏…)…」
「…(ロミオになりきって?痛すぎるぞ、それは)…」
「『天に挙げられたあの瞳は大空一杯に光をみなぎらせ、ために小鳥たちも歌声をあげ夜を昼と見紛うかもしれぬ』…(あの頃も今も、お前だけが俺のジュリエット…)…」
「…(ひょっっっとして、私が仮想ジュリエットだったとか?ありえないだろうそれは)…」
「『闇の夜に聞くお前の声音の、白銀の鈴にも似た美しさ』……、お前、俺にこんな風に囁いて欲しい?」
「…あのな、私の声が白銀の鈴のはずはなかろう、やっぱり14歳のお前には無理があったのではないか?」
「…(てゆーか、13歳のお前は絶対、口説かれてるって気付かなかったと思う)」


「…では今ならどのようなものを書く?男女の艶話めいたものを取り入れるのか?」
「…う〜ん、そうだな。ロミオとジュリエットの情事を詳細に描写するか」
「そんなもの、読み書きして面白いものなのか?」
「お前がリクエストしたんじゃないか。それにジュリエットが他の男性キャラと、っていうのは嫌なんだろう?」
「異カプは厳禁。それは鉄則だと言ったはずだ」
「じゃあやっぱり、二人の愛の場面を赤裸々に…」
「…20年前はあんなに清らかだったというのに」
「そりゃあ、大人になったんだから、そういうものさ」
「しかしそれだけでは、ストーリー性に欠けるのではないか?」
「それなら他の女性キャラ、…ロミオの元カノ、ロザラインを登場させるか?ロミオとジュリエットとロザラインの三角関係…」
「…なにぃ〜?元カノ?」
「ほら、ロミオがジュリエットと出会う前さ。ロミオを手酷くフッた女性がいただろう…?」
「そ、そういえば…、冒頭でロミオはロザラインに対する報われない恋心を切々と…」
「…(しまった、ひょっとして地雷…?)…」
「…(しまった、もしかして墓穴…?)…」
「…その、ほら、きっと淡い初恋って奴だよな」
「…そうそう、なんというかその、青春の一ページというか、一時の気の迷いというか、ちょっとした勘違いというか、…後にジュリエットと出会って真実の愛を知るための練習台というか、…(ああ、ますます墓穴…)…とにかくアレはなかったことなのだ。…だから元カノなどそんなものの存在は…」
「わ、わかった。よ〜くわかった。…やはり三角関係は却下しよう」
「……ロミオとジュリエットの二人は、一夜の契りを結んだ後、今生の別れとなってしまうのだぞ。あまりに切ないではないか。ファンとしては、二人幸せに過ごす場面が読みたいのだ」
「ではロミオとジュリエットの愛の交歓を、微に入り細に入り、妄想してみようか、18歳未満お断りで」
「あんまり生々しいのは勘弁願うぞ」
「…それより、……やっぱり妄想より実践じゃないか?」
「…え?な、何を…」
「あんなことやら、こんなことやら、一人で妄想するより、二人で実践するほうが…」
「お、おいおい、今はロミオとジュリエットのあんなことやらこんなことやらを考えているのだろう?」
「俺はロリコンじゃないから、相手が13歳のジュリエットでは萌えないんだ」
「まだお前、ロミオになりきってるのか?」
「俺の心は14歳のあの夏のまま、…そしてお前は永遠に俺のジュリエット…」
「おい、しっかりしろ、私が仮想ジュリエットなんてありえないだろう」
「…言われてみればそうだな、お前にジュリエットは役不足だ。お前にはもっとダイナミックな役がふさわしい」
「…(気付くのが遅すぎるぞ)、…で、ダイナミックとは?」
「『じゃじゃ馬馴らし』のカテリーナ、…って、ちょっとベタかな」
「はねっかえり娘のカテリーナはペトルーキオに恋して、従順な女になってしまうのだよな」
「そういえば、ペトルーキオはDV男だったっけ、暴力と暴言でカテリーナを服従させてしまった」
「…(お、お前まさか、○×プレイとかいうものを実践するつもりでは…?)…」
「俺、お前を暴力で服従させるような役は気が進まないな…」
「…(なんだ、やめるのか)…」
「では『十二夜』のヴィオラなんてどうだ?男装の麗人だし。そしたら俺は公爵オーシーノー…」
「オーシーノーが最初に恋した娘が男装したヴィオラに恋するという、三角関係だったのではないか?」
「そうだった。最終的にはヴィオラとオーシーノーは結ばれるけど、…恋愛ベクトルが弱いところがちょっとな〜、…俺はもっとお前に熱烈に恋焦がれる役のほうが…」
「…(あくまでキャスティングしたいのか、こいつは)…」
「『お気に召すまま』のロザリンドも男装の公爵令嬢だ。で俺はロザリンドに恋するオーランドー。…でもこの男、恋しい女が男装してるのを見抜けないんだよな。ありえるか?そんなこと。俺ならお前がどんな姿をしてても絶対…」
「…(それで実践はどうなったのだ)…」
「お嬢様役は物足りないか?いっそ『ジュリアス・シーザー』のタイトルロール、ジュリアス・シーザーなんてどうだ?稀代の英雄だ。お前にふさわしいダイナミックな役じゃないか?…いや、この芝居には恋愛要素がないか。それでは面白くないな。…じゃあ『アントニーとクレオパトラ』、俺がアントニーでお前がクレオパトラ、ってどう?…でもアントニーはローマに妻がいるんだっけ。不倫か…。しかも最後は二人とも自殺してしまうんだ…。やっぱり悲劇モノは……」
「…(だめだ、14歳の夏モードに入ってしまった。…もう誰もこいつを止められないのか?)…」
「そうそう、悲劇と言えば『ハムレット』だ。でも、オフィーリアなんてジュリエット以上にお前には役不足だよなあ。お前は川に落ちたからって、大人しく流されて溺死したりしないだろう?きっと悪態をつきながら自力でザバザバと川岸に這い上がってくるよな。う〜ん、目に見えるようだ。ははは」
「……(怒)……」
「…あれっ、どうしたの?…何か…?」





殴彡☆




……彼の妄想を止めることができたのは、彼女の愛(の鉄拳)だけだったのでした。


おしまい



文中、『ロミオとジュリエット』(シェイクスピア作 中野好夫訳 新潮文庫)から一部引用しました。


2008/12/10 初出 「きめそうこ」
2009/10/26 再掲

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