この作品は、投稿サイト「Thousands of Roses」様(現在休止中)における、2006年の夏の企画のお題『Noir−黒−』に投稿したものです。
この以前に発表した作品「たまにはふたりで」で、フェルゼン伯とアンドレがタメ口でファーストネームを呼び合う仲になっており、その続編と言う形ですが、前作をお読みでなくても全く問題ございません。
この作品中、登場する「ワカメ」はジェローデルの隠喩です。ジェローデル=ワカメ頭 っていうのが一部のファンの間のお約束になっておりますので。
これをご存知でないと、お話の前半が意味不明になってしまいます。 ご了承の上、お進みください。


たまにはふたりで 〜黒の夕べ〜

《 前菜 》

「この黒い物はなんだ?」
「ワカメだ」

ハンスがアメリカ独立戦争に志願して出征することになった。
準備やら壮行会やらで慌ただしい合間を縫って先週、オスカルと俺はハンスを囲んで三人で飲んだ。
その席でハンスは王妃様への想いを切々と語り、俺もオスカルもその想いの深さにいたく感動し、また彼の無事を祈り、別れを惜しんで滝のような涙を流したのだった。
そしてハンスはオスカルに、俺と二人で飲みに行く許しを請うた。もうこれが今生の別れになるかもしれないから、などと言って。
オスカルは泣きながら、縁起でもないことを言うなと怒り、了承した。
俺はハンスに、今回は娼館は無しだぞ、と念を押した。もちろんオスカルのいない所で。

そしてここはハンスお気に入りのシーフードの店。
俺たちはハンスがオーダーした「海藻サラダ」を目の前にしている。

「ワカメを見たことがないのか?」
「…これが海藻か?」
「私は野菜は嫌いだがコレは好物なのだ。美味いぞ。食べてみろ」
「…」
「なんだアンドレ、お前私には好き嫌いをするなと説教したくせに、食べられないというのか?」
「…なんだか相性が悪い気がする…」
「お前のような黒髪の人間にはいいんだぞ。この黒い色素が髪にいいのだ。東洋の人間は、ハゲを予防するといって競って食するという」
「…(ハゲの予防…?)」
「…(お、食いついた♪)」

「★@*□√∽※♀!!」
「どうした?食えないか?」
「…(う、飲み込めない)…」
「そんなに口に合わないか」
「…(し、しかし吐き出すわけにはいかん)…」
「おい、涙目になってるぞ」
「…」(ゴックン)

俺はやっとの思いでワカメを嚥下すると、手元の黒ビールを喉に流し込んだ。
一刻も早く口の中のワカメの痕跡を消したい。

「…すまない。無理強いして悪かった。それほど嫌いだとは」
「………いや、俺も、自分にこれほど合わない食べ物があるとは知らなかった」
「好き嫌いなど、誰にでもあるものだよ」
「いや違う。俺がワカメを嫌いなんじゃない。ワカメが俺を嫌っているのだ」
「…は?」
「ワカメが俺を嫌っている。憎んでいるといっていい。…きっと前世は天敵だったに違いない」
そう、ハブとマングース。てんとう虫とアブラ虫。ヒトデとホタテ。
前世で、俺とワカメは食うか食われるかの息詰まる戦いを繰り広げていたのだ、きっと。
「…(話題を変えよう)」


《 パスタ 》

ギャルソンが新たな料理を運んできた。
「イカ墨のスパゲッティだ」
「黒いな」
「これがまた美味いんだ」

二人で取り分けて食べる。
確かに美味い。
ふと顔を上げてみると、ハンスの唇も歯も真っ黒だ。

「ハンス、お前、口が真っ黒だぞ。あはは」
「そういうお前こそ。あはは。ハンサムが台無しだな」
「お前のファンの貴婦人方がご覧になったら泣かれるぞ」
「あはは、もう泣かせてる」
「…」
「出征が決まってから、もうもててもてて。今まで付き合った女性から、縁のなかった女性から、みんな寄ってきて武運長久を祈って泣いてくれるのだ」
「…」
「喧嘩別れした大勢のご婦人とも、和解したよ。円満に別れることができて私は幸せだ。これで心置きなくアメリカへ行ける」
「…そーいえばB公爵夫人はどうした?」
「…B?」
「俺が一緒に誕生日プレゼントを選んだ…」
「ああ、B公爵夫人ね、プレゼントを渡した直後に些細な喧嘩で別れたのだが、先日手紙を貰ってね。 過去の悲しかったできごとを全て水に流し、私の無事な帰還をお祈りすると書かれていた」
「ふーん」

貴婦人たちにちやほやされて喜ぶハンスもハンスだが、彼女たちもまた、戦地に赴く元恋人との涙の別離というシチュエーションに酔いしれているのだ。
俺が相手だから、ハンスも面白おかしくこんな話をするんだろう。

ハンスの出征は、王妃様への真実の愛ゆえ。
先週俺たちを泣かせた彼の語り、王妃様への愛と別れの辛さは間違いなく彼の本心だった。
そしてオスカルの前では決して見せない男のスケベ心…どっちもハンスの本心なんだろう。


《 本日の魚料理 》

黒舌平目のソテーが運ばれてきた。
豪華にエビやブラックオリーブ、キャビアが添えられている。

「エビはブラックタイガーだな」
「ハンス、お前ひょっとして今日、黒にこだわってないか?」
「今頃気付いたのか」
「俺、今日の料理には黒ビールより白ワインが合うと思っていたんだが」
「お前の黒い髪と瞳を思い出として心に刻みつけるためさ」
「そーいうたわごとは涙にくれる貴婦人がたに言ってやれよ」
「もうさんざん言ったのだ」
「…」
「それに、今夜はお前との思い出を作る夜だ。私は死ぬまで今宵のことを忘れないぞ」
「…」

彼の地位と人望ならば、他にいくらでも晩餐会やら夜会やらのお誘いもあるだろう。
でもハンスは社交界の付き合いや貴婦人との逢引より、俺と飯を食うことを選んだ。
アメリカへの出立まで後数日、フランスでの貴重な一晩をさいて、俺と馬鹿話して酒を飲んでいる。
彼がこれから向かうのは戦場だ。
冗談ではなく、もう二度と会えないかもしれない。
これが今生の思い出にならないとは限らないのだから。

「…死ぬなんて言うな。お前の帰りを信じて待ってる人間がいるんだぞ」
「ああ、もちろん生きて帰るさ。私は幸運の元に生まれついているのだから」

家柄、血筋、財産、容姿。
知性や教養、武力は後天的に獲得されたとはいえ、それも恵まれた資質があってこそ。
確かにハンスは生まれながらにして、あらゆるものを手にしている。
これが幸運でなくてなんであろう。

「そうだな。お前は生まれながらに運のいい奴だもんな」
「女性運もいいぞ。何しろ『その他大勢』の女性にもてるだけではない。 …アントワネット様、誰よりも美しく、誰よりも気高い、フランス一の女性に、永遠の愛を捧げることができるのだから…」

その時俺は確信した。
こいつは戦死なぞしない。
絶対生きて帰ってくる。
そしてぜぇっったい、俺より長生きする。

「俺、自分がお前より早死にする気がしてきた」
「お、そうか。じゃ、お前の葬式には私からでっかい花輪を贈ってやろう」
「…ありがとう」
「香典もはずむぞ。ご遺族に、楽しみにするよう遺言しておいてくれ」
「ご遺族?」

俺の身内はおばあちゃんだけだ。
フツーに考えれば、俺が死ぬ頃おばあちゃんは既にいない、はず。

「俺、結婚するつもりはないから、遺族はいないと思う」
「いや、結婚せず妻はいなくても、子はいるかも知れんぞ」
「え゛?」
「お前だって、ま〜ったく身に覚えがないわけではないだろう?」
「…」
「注意一秒ケガ一生という格言もあるぞ。お互い気をつけような。あはは」
「…ホントに長生きしそうだよな、お前」


《 デザート 》

デザートが運ばれてきた。
「黒ゴマプリンだ。ゴマは老化を予防し、血液をサラサラにするのだ」
「デザートは東洋風か」
「飲み物は黒烏龍茶だ。中性脂肪の上昇を抑制し、脂肪の排泄を促す効果がある」
「徹底して黒だな」

その時、二人の脇に人影。
「フェルゼン伯爵、このような所で奇遇ですな」

ジェローデル大尉だ。

ハンスと儀礼的な挨拶を交わしている。先だっての軍の壮行会や晩餐会で同席したらしい。
ジェローデルはやおら俺のほうに目を向けた。

「…やぁ、アンドレ・グランディエ、久しぶりだね。…フェルゼン伯爵と会食とは。 隊長は?ご一緒ではないのか?」
「あの、オスカルは…」
ハンスが口を挟む。
「ジェローデル大尉、今日は私とアンドレ二人きりだ」
「…ほう、それは珍しい取り合わせですな」
「実はな、私とアンドレは愛し合っているのだ」

ジェローデルは固まった。

「ハッ、ハンス、お前なんてこと言うんだ!」
「あなた方がそれほど親密な間柄とは存じませんでしたよ」
ジェローデルは俺を見て顔を引きつらせて笑った。

しまった、タメ口を聞かれてしまった。

「私がアメリカに出立前の一夜、ともに酒を酌み交わし、別れを惜しんでいるのだよ」
「そうですか。それでは私はお邪魔になってはいけませんね。…では失敬」
何事もなかったかのように去っていくジェローデル。

「おい、ハンス、お前いーかげんなこと言うなよっ!」
「ほんの冗談だ」
「…妙な噂が立ったらどうしてくれるんだ。俺がゲイだとか…」
「都合が悪いのか?」
「悪いっ!今までだって、宮廷でそーゆー趣味の方々からのお誘いを必死にお断りしてきたのに…」
「そうか、ではこれからも一層がんばってお断りするがよい」
「あのな〜」
「私はアメリカへ行き、前線で戦う。お前はベルサイユに残り、防衛戦だ。 大西洋をはさみ、盟友として、共に死力を尽くして戦おうではないか」
「…いっぺん死んで来い、お前」

××は死ななきゃ直らない、というが。
いや、死んでも直らない、だったっけ?
こいつは殺しても死なない。
どーすりゃいいんだ?

「ははは。必ず生き返って、このフランスに戻ってくるよ。お前に会いに」
「王妃様に会いに、だろ」
「お前だって、私の心の中の『フランスで是非再会したい人リスト』の上位5名にランクインしているんだぞ」
「…それは…、光栄だ…」
「もちろん1位はダントツで王妃様だがな」

死んで来いなんて言って悪かった。
俺だって、またお前と会いたいよ。
会って、飲んで、馬鹿な話をしよう。
だから、死なないで必ず戻って来い。
待ってるから。


《 二次会 》

「さて、食事も終わったことだし、行くか」
「…どこへ?」
「ふふふ、決まっているだろう。食欲は満足したから次は…」
「おいっ、娼館は無しと言っただろう?」
「娼館ではない。巨乳のきれいなおねーさんたちと楽しく飲める店があるのだ。お前だって好きだろう? しかも店の名は『ノワール』、今宵のテーマにふさわしい。さあ、行くぞ」
「おっ俺はいいよ。行きたきゃお前一人で行け」
「お前と行くのが楽しいのだ。 私は従軍したらしばらくそんなアソビはできなくなるのだぞ。つきあえ、今夜はオールだ」
「うあ゛〜!」

そしてふたりは、夜のパレ・ロワイヤルへと消えていきました。


おしまい






2006/08/24 初出 「Thousand of Roses」様
2007/10/17 改訂 「きめそうこ」
2009/11/6 再掲

お題が「黒」ということで、前々から暖めていたネタ、「アンドレはワカメが嫌い」をご披露しようと思いました。 ワカメ=黒、・・・少々苦しいですよね。 黒いって言えばひじきとかきくらげとか。 でもワカメ(=ジェロっち)じゃないと面白くないので。
でもそれだけじゃ話が続かないんで、料理一つごとにひとつネタを振ったのですが、 書きながらどんどんアイディアが出てきて、自分でもなんでこんないろいろとネタ思いついたのか不思議です。 頭の中にハンス君とアンドレがいて、勝手にしゃべてるのをただパソコンに入力してるだけ、みたいな。 イタコ状態とでも言いましょうか。
お蔭様で初出の時はいろんな方に面白かった、是非続きを、と言っていただきました。
・・・続き、うーん、続きね。 正直、この作品を書いてものすごく消耗したんです。 自分の持ちネタ、出し尽くして頭の中カラッポになったような。 憑依されていたのが落ちて、抜け殻になったような。 もうこれ以上、絞っても何も出ません、という感じでした。
そういう意味で、この作品は私の中で自己ベストです。
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