お前を見つけた日 Epilogue

私の乗ったタクシーが王宮の陸軍本部前に着いたのは、午後の開会に十分間に合う時間だった。
ベルサイユ総合病院からはものの5分ほどしかかかっていない。
病院内のコンビニで買ったサンドイッチは、結局一切れしか食べられなかった。
タクシーの支払いを済ませ、ふと見ると、車寄せにスウェーデン製のごつい車が滑り込んできた。

玄関脇の駐車スペースに止まった車から降りてきたのは、30分前に別れたフェルゼンだ。

「おおオスカル、早かったな。彼は大丈夫だったか?」
「ああ、ありがとう。軽いムチ打ちだそうだ。お前は昼食を済ませてきたのか?」
「いや、そんな時間はなかったぞ。病院からまっすぐ帰ってきた」

・・・どこをどうまっすぐ車を走らせたら、病院からここまで30分もかかるのだろう。
だが、彼が昼食を食べ損ねたのは、私のせいだ。

「そうか、私のために申し訳なかった。ではこのサンドイッチを差し上げよう」
「ありがたい」

フェルゼンは嬉しそうに私の残したサンドイッチを受け取った。


間もなく午後の会議が始まる時間だ。
昼食会の会場から将校たちが三々五々、会議場へ移動している。

コンビニ袋を提げたフェルゼンと私を、チラチラと見る者たちもいる中、ジェローデルが無表情に通り過ぎるのが見えた。
私たちも、それぞれ会議室へ急いだ。


「オスカル」

会議場に入った私に、スッと近づいてきたのは父ジャルジェ将軍だった。

「屋敷から連絡を受けた。アンドレの様子は?」
「軽いムチ打ちのようです。本人は大丈夫と言っておりますが、2〜3日は休ませた方がよろしいかと」
「そうか」

固かった父の表情が、安堵したように和らいだ。



その日の夜、屋敷を訪れたジェローデルに、私は貴殿とは結婚はできないと告げた。
アンドレの幸せなしに私の幸せはありえない、と。
ジェローデルはそんな私の幸せのために、身を引く、と言ってくれた。




朝、いつものように屋敷の前に公用車がつけられた。

「本当にもう大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。2日も休めば十分だよ」

アンドレは、以前のように明るく笑っている。

「リハビリはきちんと通うのだろうな」
「うん、今日も夕方予約してあるから、定時で上がらせてもらいます」
「わかった。遅れないように行くのだぞ」


あの夜、父は執事に、明日以降、客人のための晩餐の準備は不要、と告げた。
執事はコックにその旨を伝え、コックは厨房のスタッフたちに、そしてメイドたちに、・・・もう求婚者が訪れることはないことは、屋敷中に周知されたはずだ。


いつものように、以前のように、並んで公用車の後部座席に乗り込む。
いつものように、今日のスケジュール確認、書類のチェック。

「・・・あ、そうだ。今日の午後は備品の納入があるんだっけ。備品庫に段ボール箱を移さなきゃ」
「お前は力仕事には手を出すな。若い兵士達に任せるのだぞ」
「うん、わかってる。こじらせて治るのが遅くなったら、かえってみんなに迷惑かけるし」
「その通りだ。お前も少しは大人になったな」
「あはは、打ち所が良かったのかな」

何気ない会話、軽いジョーク、屈託のない笑い。
何もかもが、元通りだ。
以前の私たちに戻ったのだ。

「とにかく今のお前の任務は、一日も早く完治することだ」
「了解」



去り際にジェローデルが教えてくれた。
「あなたとフェルゼン伯がそろって昼食会に参加されなかったこと、あらぬ噂をする者もおるようですよ」

私とフェルゼンが昼食会をすっぽかし、フェルゼンの車で王宮を出ていき、小一時間後に二人で戻ってきた。
そして即日、私の縁談が破談になった。
・・・誰にでも簡単に、ゲスな関係が妄想できるではないか。
だが、真実はちゃんと、別のところにある。




昼休みの司令官室。
中庭から聞こえる声。

「休憩中なのに悪いな。4〜5人でいいんだ。台車2台で5往復、ってとこかな」
「わかってるよ。怪我人は引っ込んでろ。俺たちでできる」
「在庫をカウントして台帳の帳尻を合わせなきゃいけないんだ。自分の目で確認しないと」
「やっぱりアンドレがいなきゃダメだねえ。軽い怪我で良かったよね」


以前のような、いや、以前よりもっと親密になったような。
聞きなじんだ明るい声。

すっかり元通りの私たち。
・・・本当はわかっている。
元通りではない、何かがちょっと違う。

いろんな気持ちといろんな現実が絡まって、絡みついてがんじがらめになって、必死でもがいて、抜け出して。
たくさんの傷を負って、お前は少し大人になり、そしてたぶん私もどこかが、何かが変わって、そして「真実」を見つけた。


「ねーアンドレ、後でアイスおごってくれるんでしょ?」

お互いに、どこかが変わって成長して、少し大人になった私たち。
私の「真実」は、すぐ近くで、明るい笑い声を立てている。



Fin



2017/2/14初出

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