List de Mariage

私がたまたま一人で執務していた午後のこと。
司令官室のドアが遠慮がちにノックされた。

「どうぞ」
「・・・し、失礼いたし・・・ます」

おどおどとした様子で入室したのは、地味な印象の中年の女性。
マダム、・・・えーと、マダム何だったろうか、名前は思い出せないが、この司令官室とそれに付随する私の私室を清掃してくれる女性である。

いつもは午前の演習中など、私の不在時を見計らって清掃を済ませてくれている。
そのため、滅多に顔を合わせることもなかった。
今日は何らかのタイミングで、これから清掃することになったのだろうか。
もちろん、そんなことを不快に思う私ではない。

「掃除ですか?さあどうぞお願いします」
席を立とうとする私を、マダムは慌てて遮った。
「い、いえ、違うんです。今日は、あの、今ちょっとだけお時間よろしいでしょうか?」
マダムは気の毒なほど緊張している。
「何でしょうか?」
かつて宮廷で貴婦人たちの心をとろけさせた特上の笑顔を見せると、マダムの表情も少し和らいだ。
「あ、あの、グランディエさんにお話を伺ったのですが・・・」
マダムはいきなり深々と礼をした。

「ご、ご結婚、おめでとうございます!!!」

少々面食らったが、お祝いを述べられて、結婚を目前にした一女性として私も嬉しくないはずがない。

「ありがとう。結婚しても私は今まで通り仕事を続ける予定だ。是非これからもよろしくお願いする」

私も丁寧にお礼を述べた。
マダムもようやく笑顔を見せた。

「そ、それでですね、あの、女子会一同から是非、隊長さんとグランディエさんにお祝いをしたいということで、隊長さんのご希望をお聞きして来いって、みんなに言われまして」
「お祝い?」
「はい、ご結婚のお祝いです。いえね、私たちそんなに高価なものは差し上げられないのですけれど、おめでたいことですからね、気持ちです、気持ち。グランディエさんにご相談したら、女性同士なのだし隊長さんのご希望を直接お聞きしたらいいんじゃないかと言ってくださいまして、それで女子会のみんなが、あんたが一番隊長さんの部屋に行きやすいんだからあんたが行け、って、それで私がこうして女子会のみんなを代表してこちらに伺ったというわけなんです」

マダムは立て板に水のごとく、しゃべり始めた。


私たちの婚約を発表した直後、衛兵隊内部は大きな騒ぎとなった。
そしてその騒ぎが収束すると、多くの者たちが、是非お祝いを、と申し出てくれた。
だが隊員たちがそれぞれ結婚祝いの品を選ぶとなると、品物が重複したり、予算に差が生じたりなど、それはそれでトラブルの元となるかも知れぬ。
そこでアンドレが「リスト・ド・マリアージュ」を作成してくれた。
私たちの結婚生活に必要な日用の品を具体的にリストアップし、店も指定する。
お祝いをしたいと思う者はそのリストの中から予算に合わせて商品を選択し、贈る手配をするのである。
非常に合理的で、贈る側もいただく側も双方満足できる、素晴らしいシステムだ。
さすが私の未来の夫、と私は口には出さずとも、心の中で誇らしく思っている次第なのである。


で、マダムの申し出である。
男子である隊員たちには「リスト・ド・マリアージュ」も重宝だが、女性には女性の感性がある。
贈り物を選ぶ楽しみもあるだろう。
そして私も、思いもかけぬ女性からの申し出に、くすぐったいような嬉しさを感じてしまう。

私はとっさに思いついて言った。
「では、夫と揃いのエプロンなどどうだろう。結婚後は二人で暮らす予定なのだが、私も少しは料理など手伝うこともあるかも知れぬ」
「ああ、エプロン、いいですね。ご結婚されたらグランディエさんが主夫になるってお聞きしてます。お辞めになるのはとっても残念ですけどね。そうですね、エプロン、グランディエさんに似合うようなシンプルでおしゃれなやつね、フリルとかついてないようなね、隊長さんもそういうシンプルな方がきっとお似合いになりますよ。じゃあ早速女子会のみんなに言って・・・」

実は先程から少々気になっていることがある。

「ところでマダム、女子会というのは、何なのだ?」
「あ、フランス衛兵隊女子会です」
フランス衛兵隊女子会・・・?
「はい、衛兵隊は男の方ばっかりですけれど、カフェテリアと購買部と清掃部にはパートの女性スタッフがおりまして、そのみんなで時々集まってお茶してたりしたんですけれども、グランディエさんが、隊の中の任意団体として登録すれば福利厚生でちょっとばかしお金をいただくことができるって教えて下さって、それで少し前、フランス衛兵隊女子会っていうのを作ったんです」

衛兵隊に限らず、軍隊の内部で隊員同士の親睦をはかるため、かつ福利厚生の一助として、任意団体を設立ししかるべき届け出をすれば予算をつけることができる。
たとえば我が衛兵隊内では、サッカー同好会や鉄道愛好会などが盛んに活動している。
最近設立したのならば、私のところに承認の書類が回ってきていたはずだが、残念ながら記憶にない。
おそらくアンドレが、内容を見ずにサインしてよし、の付箋をつけていたのだろう。
だが、フランス衛兵隊女子会・・・、女子は軍隊内部では少数派、それゆえ、親睦をはかり、そして多数派に対して意見を述べるために団結することは、非常に意義のあることだ。

「みんなシフト勤務していますからね、全員いっぺんに集まるのはちょっと無理なんですけど、カフェテリアの暇な時間帯や休憩時間なんかに交代で集まってお茶したりとかね、行ける人だけで食事や飲みに行ったりとか。女同士ですから、いろんな人もいますから人によってはちょっと時々嫌な感じになったりとかすることもありますけど、まあみんな表面上は仲良くやってますです」

それはなかなか楽しそうではないか。

「では、・・・私もその女子会の参加資格があるのではないか?衛兵隊に勤務する女子で、しかも間もなく既婚者になるのだ」
「えっ・・・!?そ、そうですね。言われてみれば確かに。いえね、別に結婚してなくてもいいんですよ。独身の子もいるしバツイチのも・・・、亭主に死に別れた人もいますしね。でも隊長さん、おばちゃんばっかりの女子会なんかにお入りになりたいんですか?」
「私より若い者もいるのだろう?」
確かカフェテリアの厨房には若い娘がいたはずだ。
「ええ、新婚の若いのもいますけど、隊長さんみたいなセレブとは違って、みんなざっくばらんな庶民ですよ。隊長さんと話が合いますかどうか」
「私とて毎日、荒くれ者の兵士たちと付き合っているのだ。十分ざっくばらんだぞ。それとも・・・私のような立場の者が女子会に混じるのは、皆に気を遣わせてしまうだろうか・・・?」
「い、いえ、そんなことはないです。でも、・・・一応みんなにちょっと聞いてみますね。ええ、みんな喜んで隊長さんも入っていい、って言うと思いますです」

確かに、このマダムの一存ではOKは出せないのであろう。

「それじゃあご結婚のお祝い、みんなで相談して選ばせていただきます。厨房の若い者にセンスのいい子がいますからね、あの子がきっと素敵なのを選んでくれますよ。女子会のお返事と一緒に、また後日お持ちします。じゃあ、お仕事のお邪魔をして申し訳ありませんでした。どーもどーも、失礼いたします。それじゃあ、どーも」
マダムはペコペコと何度もお辞儀をして部屋を辞した。
「お心遣い、感謝する」
私も深々と礼をした。


結婚を控え、幸せと喜びに浮き立つ半面、夫になる現従僕が退職することで、寂しくもなり、また仕事の負担も増えることと予想される。
それを思うと今後の隊での日常に大いなる不安も感じていたが、・・・衛兵隊女子会、女ばかりの集まりか。
まだ参加できると決まったわけではないが、今まで話をする機会もなかった女性たちと関わるきっかけができたことは、非常に喜ばしいことだ。

そしてふと思った。
これは全てアンドレの配慮なのではないかと。
私がこの先彼なしでやっていかなければならぬ中、話し相手になってくれるような同性の友人たちがあれば心強いこともあるだろう、と仕向けてくれたのではないかと。

・・・やはり私の未来の夫、私の軍務が少しでもスムーズにいくように、私のこれからの生活がより快適なものであるように、私のため、心を砕いてくれているのだ。
私のことを何よりも大切に思ってくれる、私のために見えないところで様々な配慮をしてくれる、そんな彼と一生を共にできる幸せを、私は改めてかみしめたのであった。



Fin



2014/3/31 

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