Bitter Sweet

それは新しい隊長が着任して間もない頃。

昼休みも終わる時間、俺がたまたま一人で中庭をぶらぶらしていると、兵舎の渡り廊下をあの女隊長が腰ぎんちゃくを連れて歩いていた。
多分また上層部と悶着を起こしたのだろう、あの女はヒステリーを起こしているようだった。
まったく、女のくせに軍隊にしゃしゃり出やがるからだぜ、うぜーったらねえな。
すると、隊長の背後の腰ぎんちゃく野郎が小走りに隊長の前に出ると、指先で隊長の唇にスッと触れた。
・・・え?
それまでカッカきていた隊長のテンションが、目に見えてスーッと下がる。

今、あの野郎、何をしたんだ?
唇に触れただけで、隊長をなだめたのか?
あの女、やっぱりあのヤローとデキていて、男に唇を触られて大人しくなるってか?
唇を・・・。

・・・なんだか、見てはいけない光景を見てしまったような気がする。
よし、このことは忘れよう。
全ては見なかったことに。







あのさあ班長、俺、妙なもの見ちゃったんだけど。

ちょっと前、まだ俺たちが隊長のいうこと聞かなかった頃だよ。
隊長が夕方、本部の裏を怒りながら歩いてたんだ、すっごい早足で。
多分他の班の奴らが隊長に反抗的なことしたんだと思う。
後ろからアンドレが慌ててついてきて。
俺はその時、備品庫にいて、扉の影で俺のことは二人とも気づいてなかった。
そしたらアンドレが、周囲を見渡して人がいないのを確かめてから隊長の前に走り出て、隊長の口にチョン、て触ったんだ。
俺それだけでもびっくりしてドキドキしたんだけど、それで隊長がスーッと静かになっちゃってさ。
それで俺、こないだテレビで見た「動物と話せる女」っていうの思い出しちゃったよ。
その女の人、凶暴な猫なんかと「会話」して、理由を聞き出して大人しくさせちゃうんだよ。
アンドレもひょっとして、そんな特殊能力があるんじゃね?







司令官室から、そこはかとなく怒鳴り声が聞こえてくる。
隊長、ご機嫌斜めだな。
こういうときは、とばっちりを受けないよう、チャッチャッと済ませよう。
ノックをすると返事も待たずに勢いよくドアを開けた、のが間違いだった。
「失礼しま〜す、班長会の議事録を・・・」

正面のデカいデスクに座る隊長、そこに身を乗り出し、隊長の口元に指先を触れさせる従僕・・・。
二人とも、ハッとしたようにこちらを向き、取り繕うように笑った。
「や、やあ、アラン」
「議事録か、御苦労」

気のせいか、隊長は口をもごもごさせている。

「じゃあ、し、失礼しまっす!!」

何も見なかったことに。
俺は急いで部屋を出た。

「おーい、アラン」
従僕野郎が俺を追いかけてくる。
「何だよ」
俺は何も見なかったぞ。

だが、野郎はなれなれしく俺の肩に手を回してきた。
殺気を感じるのは気のせいだろうか。
奴は、俺の耳元で言った。
「あのな、ここだけの話、実はオスカルは腹が減ると極端に不機嫌になるんだ。
だから俺は常に飴玉を携帯していて、不機嫌になったら口に入れてやる。
昔っからの習慣なんだ。
・・・いいか、絶対に誰にもしゃべるな、しゃべったら・・・」
「・・・殺す、か?」
俺はやっとのことで声を出した。
奴はニヤリと笑った。
「殺しゃしないさ」
「むががっ」
奴の指先が俺の唇に触れたかと思うと、口の中に甘い塊が押し込まれた。
「ほら、口止め料」
従僕は、踵を返して司令官室に戻って行った。

これが、奴の特殊能力。
ただ、ひたすらに甘い甘露飴、そして唇に残る奴の指先の感覚。
あの指が、隊長の唇にも触れてたのか・・・。

俺はぶんぶんと頭を振ると、飴をガリガリと噛み砕いた。
俺は何も見なかった、聞かなかった。
口の中の甘さは、すぐに消えるだろう。
そして俺の唇に触れた指先の、この感覚も。



2013/2/13 初出

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