修学旅行

前編(十代編)

「消灯時間でございます。妃殿下も、早くお休みになられますよう」
「なんだか目が冴えてしまって、まだ眠れそうにないわ」
「クラスの皆を集めて、広間でまくら投げなどなさるからでございましょう」
「あら、修学旅行と言えばまくら投げよ。大体あなたが一番張り切っていたじゃない?」
「(しまった、つい軍神マルスの血が騒いで・・・)」
「まあいいわ。わたくしには構わず、あなたは休んでよくてよ」
「そうはまいりません。妃殿下が就寝なさるまでしっかり護衛致すのがわたくしの務め。メルシー伯からも重々申しつけられております」
「・・・(ポリニャックさんのお部屋の大貧民大会に誘われているんだけど)・・・」
「・・・(大貧民大会との情報があったが)・・・」
「・・・(今夜はちょっと抜け出せそうにないわ)・・・」
「・・・(この剣にかけても、この部屋をお出しするわけには参りませぬ)・・・」
「(しょうがないわね)じゃ、眠くなるまでお話ししましょうよ」
「(しょうがあるまい)はい、お付き合いいたします」


「実はわたくし、あなたに聞きたいことがあるの」
「はい、なんなりと」
「もし結婚するなら、どんな男子がいいと思う?」
「は?わたくしは結婚などいたしません」
「もしもの話よ」
「・・・わたくしの母は、皇太子殿下のような方が理想の夫だと常々申しておりますが」
「お母様の意見を聞いてるんじゃないわ。あなたの考えが聞きたいのよ」
「わたくしはそのようなことは考えた事もございません」
「では、今考えて頂戴」
「・・・申し訳ございませんが、本当に思いつかないのです」
「では質問を変えるわね。・・・愛とお金と、どちらを選ぶ?」
「愛と、お金・・・でございますか?」
「だ〜い好きだけど貧乏な男子と、大嫌いだけどお金持ちな男子、両方にプロポーズされたらどうする?ってことよ」
「・・・それは、・・・好きな男子ではないでしょうか」
「やっぱり?そうよねえ。わたくしもそう思うの。でもポリニャックさんはお金だっていうのよ。愛だけじゃ暮らしていけないからですって」
「そう考える者もおりましょう」
「じゃあ、年下と年上ではどちらがいい?」
「・・・強いてどちらかと問われれば、・・・年上のほうが・・・」
「年下じゃあなんだか頼りない気がするものね。でもあんまり年上過ぎても、・・・オジサンじゃ嫌だわ。じゃあ次ね。頭がよくて運動音痴な男子と、お馬鹿でスポーツ万能な男子だったら、どっち?」
「そ、それは、・・・性格なども考慮して選択するのがよろしいかと・・・」
「次、仕事がバリバリにできるけど家庭を顧みない男子と、無能だけど家庭を大切にする男子、どちらと結婚したい?」
「・・・それも人柄などによって・・・実際にそのような状況になった際に、改めて・・・」
「ねえ、それじゃあ、もし好きになった男子が自分より背が低かったらどうする?」
「背・・・ですか?・・・人柄がよろしければそれは特に」
「でも、キスするときに男子が背伸びするなんて、イヤじゃない?」
「キ、キス?」
「でもねえ、背が低いイケメンと背が高い不細工男子と、どっちかを選べと言われたら困るわよねえ・・・。高けりゃいいってものでもないし・・・」
「はあ・・・」
「イケメンでも、他の女の人にもて過ぎるのも困るわね。浮気をされるのは嫌ですもの。わたくしはわたくしだけを熱烈に愛してくれる人がいいわ」
「家庭を持つのならば、誠実な男性がよろしいかと」
「だけどポリニャックさんはね、男性が少しぐらい浮気な方が、自分も浮気できていいんじゃないかって言うのよ」
「はあ・・・」
「やっぱり理想は、背が高くてイケメンで、頭がよくてスポーツ万能で、仕事ができて家庭を大切にする誠実な人よね。それでカラオケが上手なら言うことないわ」
「はあ・・・」


「・・・それではここからが本題よ。あなた、好きな男子はいないの?お願いよ、絶対に誰にも言わないから教えて頂戴」
「は?好きな男子、でございますか?」
「いいな〜、素敵だな〜、って思うような男子よ」
「いえ、特におりませんが」
「・・・あの人は?ほら、・・・スェーデンの留学生の、・・・あの方(ちょっとドキドキ)」
「フェルゼンでございますね。彼は親しい友人でございます」
「最近、仲いいわよね」
「しかし彼はわたくしを男子と思って接していたようでございます」
「そうなの?」
「わたくしと妃殿下が、今回の修学旅行で同室と知って驚愕しておりました。それで初めてわたくしが女子と知ったようなのです」
「まあ、そうだったの(ちょっと、ホッ)・・・ねえ、それじゃあアンドレは?どうなの?いっつも一緒にいるじゃない」
「は?・・・奴は、一緒と申しましても、住まいが一緒でありますから」
「そんなことは知ってるわ。だから恋人としてどうか、ってことよ」
「恋人?・・・アンドレは、アンドレでございましょう。肉親のようなものでございます」
「(わたくしと皇太子殿下のようなものかしら)・・・そうねえ、それにアンドレは平民だし」
「平民と申しましても、・・・現代では身分による差別もそれほどございませんが」
「でもね、ポリニャックさんは、やっぱり同じ身分の人の方が、生活レベルも似ていて考え方もわかりあえるしいいんじゃないかって言うのよ。わたくしもそれはなるほどな、って思うわ」
「それは人それぞれでございましょう」
「だからポリニャックさんは、相手の身分を確認してから恋するんですって」
「さようでございますか」
「あなたは、好きになったら平民でも構わないと思う?」
「本人がよろしいと思えばよろしいのではないかと」
「あなた自身が、もし好きになったら、ってことよ」
「それは・・・相手の人柄にもよるでしょうが、・・・万が一そのような状況になった際に、改めて考えればよいことではございませぬか」
「・・・わかったわ。あなたの理想は、年上で誠実な人、お金はなくてもいいし身分よりも性格重視、そんなところかしら」
「はい、・・・そういうことになりますでしょうか」
「・・・(イマイチ盛り上がらなかったわ。案外コドモなのねえ)・・・」
「・・・(妃殿下も他愛ない話を好まれるものだ。お可愛らしくていらっしゃる)・・・」
「あらもうこんな時間。・・・ちょっと眠くなってきたわね」
「それでは消灯を」
「・・・ねえ、今夜のこの会話のことは内緒よ。皇太子殿下にもアンドレにも、・・・フェルゼンにもね」
「わきまえております。決して口外いたしませぬ」
「では電気を消して頂戴。おやすみなさい・・・」
「おやすみなさいませ」


後編(アラサー編)に続く



2010/4/28 初出 

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